第11回

中村 治雅先生
脳神経内科医師 / TMC臨床研究支援部長 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター

福山型筋ジストロフィーの根本的な治療法はまだ確立されていませんが、将来的に薬の治験が始まるといわれています。来たる治験の開始に向けて、患者家族が持っておくべき心構えはあるのでしょうか? 治験に欠かせない患者情報登録システム(レジストリー)の専門家であられる中村治雅先生に、お話をうかがいました。

福山型筋ジストロフィーの治療薬の治験が、いずれ始まるといわれています。そもそも「治験」とは何を差すのでしょう?
薬の承認を下すために、厚生労働省の定めたルールに則って有効性や安全性を確かめる臨床試験のことです。動物実験など多くの高いハードルを乗り越えたうえで、初めて患者にお薬を投与する治験にいたります。
治験では、一定数の患者にプラセボ薬(偽薬)を投与すると聞いています。待ちに待った治験なのにプラセボ薬を投与されたのではたまらないという患者家族もいます。
プラセボ薬の意義についてはどの病気でも議論になります。しかし原則として、実は治験で使われるお薬は本当に効果があるのか、安全なのかがわかっていないというのが前提なのです。わかっていれば、わざわざ治験を行う必要がないのです。そのため、その薬に本当に効果があるかどうかは、プラセボ薬を投与したケースとの比較がないと判定できないのです。ですから、もしプラセボ薬を投与されるのが嫌だからと患者が参加しないとなると、治験は成立しません。

もちろん、希少疾患のお子さんがいて少しでも早く可能性がある薬を試したいという気持ちはわかります。しかし皆さんが思う以上に、世の中には危ない薬というものもあるのです。効果やリスクがわからないから治験をするのであって、治験の中には治験のお薬でも効果がなかったり、治験の薬を飲んだことで症状が悪化したり、副作用が出てしまい、そのお薬の開発が中止されたりすることはよくあることです。
チャレンジと犠牲の上に有効な薬ができる、と?
はい。多くの方はもちろん、治験に参加して早くよくなりたいと思われていると思います。そのお気持ちは当然ではあるのですが、「治験」は「治療」とは違う、いわば患者さんに対してのそのお薬が良いかどうかの実験であり、そのお薬のよし、わるしを確認するために参加いただくボランティアなんです。
ステロイド治療など別の治療をしていると、来たる新薬の治験に参加できないのではないか?という心配をもつ人もいます。
一般的に治験は、今世の中で行われている最善の治療にプラスαをした結果をみます。なので一概にはいえませんが、心配する必要はないかと。ただ、一度治験に入ると、(効果の判別ができなくなるため)別の治療を併用できなくなったり、今飲んでいるお薬は可能な限り今のまま続けることはあります。
いつ治験が始まるのかな・・・と思っている人もいると思いますが、私達患者家族の心構えとしてはどのような事が考えられますか?
たしかに患者さんの声を上げないと国の政策が動かないという側面はあると思います。医師や製薬会社にとっても、期待をされているというプレッシャーは励みにもなります。
ただ、何か理由があって治験まで進まない状況にあるのですから、治験にはどんな目的があり、なぜ簡単に実施することができないのかを患者側も理解したうえで声を上げなければ、医師や製薬会社との関係を悪くしてしまうこともあるでしょう。実りあるディスカッションのためにも、治験に対する知識の共有は欠かせません。
患者の情報を集める患者登録というのは、どんな意味があるのでしょうか?
希少疾患は情報が限られているので、医師も製薬会社も病気の全体像がわかりにくいのですが、登録によってたくさんの情報を集めることでわかりやすくなります。病気への知識をシェアすることで、多彩な角度から診断できるようになったり、研究が円滑に進むメリットがあるんですね。ですから登録して情報を提供していただくことは、それだけで研究や治療に協力することになるとお考えください。

(※)福山型筋ジストロフィーの登録は一般社団法人日本筋ジストロフィー協会が運営する『神経・筋疾患医学情報登録・管理機構』が行っています。https://www.jmda.or.jp/manager-dna/
患者登録というのは、自分が治験に選ばれる、選ばれないという次元以前に意義があるのですね?
はい。登録することで必ずご自身が治験にはいれるということでもないですし、登録しなくても治験に参加することはできます。登録する患者さんだけでなく、皆のためになると思って登録していただけたら。ただ、個人情報を含めて提供していただくことになるので、抵抗がある方がいらっしゃって当然ですし、登録を強制することはできません。治験の話のときにも申しましたが、あくまで登録自体もボランティアとお考えいただければ幸いです。
SNS上での患者同士の情報共有について、間違った情報を流さないためにも、専門家の先生に監修をお願いしたほうがいいという意見があります。先生の見解はいかがでしょう?
患者さん同士での症状や治療法についての意見交換は有用と思います。ただ、専門家の監修については、そのやり方によっては難しいところもあります。医師の立場からすると、非常に一般的なことについてはお話はできると思います。ただ、個別の患者さんの治療法になると、自分の患者さんであれば責任をもって治療について話せますが、診ていない患者さんについては、なかなか全ての状況はわからないので、責任を持って話すことは難しい場合もありますね。 例えば、ある治療法について、ある先生は理由があってやっていないのに、もしそういう場で他の先生が「やるべきだ」と言ったら、患者と主治医の関係を崩してしまうことにもなりかねません。
専門家でもわからないのなら、我々は情報をどう判断すれば?
患者さん同士での情報交換の役割と、専門家から提供される様々な情報の位置付けは少し異なると思います。専門家の先生からの医学的な正しい情報は、例えば医療機関や研究班のウェブサイトなどもありますので、そういった情報は信用できるのではないかと思います。すべてを鵜呑みにしない、誰かが話している先生の話を盲信しないなどの自己判断をもって情報に接する必要があると思います。特定の先生への攻撃など、一般的なモラルに反する話題も控えるべきでしょう。いろいろな意見を、バランスよくオーガナイズできる人がいれば理想ですね。

中村 治雅なかむら はるまさ
脳神経内科医師 / TMC臨床研究支援部長 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター

神経内科専門医/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
トランスレーショナル・メディカルセンター臨床研究支援部長
臨床研究推進部臨床研究・治験推進室長

1999年、京都府立医科大学医学部医学科卒業。同年に京都大学医学部付属病院、2000年に浜松労災病院で内科・神経内科研修医として勤務。2002年より国立精神・神経センター武蔵病院神経内科レジデントを経て医員となる。2008年より国立精神・神経センター病院神経内科医師として、神経難病・気象疾患を中心に診療をするとともに、患者登録システムの開発、運営、倫理委員会事務局等に携わる。2019年4月より現職。趣味は読書、散歩、トレッキング。卓球やラグビーファンの顔も。

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